不動産投資をするのであれば、所有している物件を第三者(借主)に貸し出して賃料を得ることになるでしょう。そして借主は、期間の差はあれどもいずれ退去するものであり、退去時の借主には“原状回復”の義務が存在しています。この原状回復とは、「借りた時の状態に戻す」ことが原則ではありますが、実はここが典型的なトラブル発生ポイントでもあるのです。
そこで今回は、原状回復トラブルに巻き込まれないために必要な知識と、未然に防ぐためにやっておくべきことを解説します。
目次
1. 原状回復とガイドライン
2. 損耗か毀損か
3. トラブルを避けるためにできること
4. まとめ
1. 原状回復とガイドライン
賃貸借契約を締結する際、契約書には「原状回復」と記載されています。
そもそも、この原状回復というものはどのようなものなのでしょうか?
■原状回復の定義とは
そもそも“原状回復”とは、「借りた状態に戻して返す」こと。
この原状回復義務は原則として借主(入居者)側に存在します。
そういってしまえば簡単なことに聞こえますが、実はこれは非常に難しい問題なのです。
数ヵ月程度の短期間で退去する場合は、原状に戻すことはそれほど難しいことではないでしょう。しかし、中には10年やそれ以上住み続ける借主も存在しています。長く借り続けた人はその年数分だけ前の状態に戻さなければならないのであれば、とても大きな負担になることは間違いありません。
建物はたとえ誰も住んでいなくても劣化は進むもの。また、賃貸物件としての価値も当然ながら下がります。それなのにその経年劣化や自然損耗まで借主が背負わなければならないのであれば、お金がどれだけあっても足りませんし、誰も「物件を借りたい」とは思わなくなってしまうでしょう。
つまり、この“原状”というものが曖昧になっていることがトラブルの原因になっているのです。
■原状回復をめぐるトラブルとガイドライン
いくら借主に原状回復義務があるとは言えども、必要以上に借主に請求してしまい、そのままトラブルに発展してしまうことも少なくありません。借主側だけではなく、貸主側からしても大きな負担になる問題でしょう。
そのため、国土交通省では「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(以下、原状回復ガイドライン)」を定めました。“自然損耗”と“通常損耗”、さらに“借主によって生じた損耗”の3つにケースに分け、それぞれをどちらが負担するかをはっきりと区分したのです。
●貸主負担
自然損耗(経年劣化):
畳、クロス、床材などの色落ち、自然変色、設備機器の通常使用による故障など
通常損耗:
電気製品による後部壁面の電気焼け、エアコン設置によるビス穴、家具の設置跡など
●借主負担
貸主の故意や不注意などによって生じた損耗:
喫煙による汚損、落書き、ペットによる傷や臭い、引っ越し作業等で生じた傷など
つまり、「常識の範囲外での使用、不注意や適切な管理を行わないことで生じた破損や劣化」は借主負担であり、それ以外のものは貸主負担になります。日焼けによる変色や機器の交換、通常の使用範囲による故障や損耗を補修するための費用は、原状回復ではなく“次の入居者確保”のためのもの、と判断されるのです。
なお、原状回復ガイドラインはあくまでも“ガイドライン”であり、法律などで厳密に定められているわけではありません。しかし、トラブルを避けるための強い味方であり、一般的に広く採用されていることから、不動産投資を行う上では確実に抑えておきたい知識のひとつとなっています。
2. 損耗か毀損か
たとえ負担区分が決められていたとしても、本当に自然損耗なのか、不注意によって発生した毀損なのか、判断が難しいケースも出てくるでしょう。
通常損耗や経年劣化によるものは貸主負担になるのは上述した通りですが、原状以上に“グレードアップ”させたものに関しても、当然費用は貸主が負担することになります。
また、借主が通常の生活や使用を行っていた場合でも、管理を怠ったことによって損耗が発生・拡大したものは、“善管注意義務違反”が発生し、借主による修繕費用負担が発生するのです。
これらの場合の判断方法も、原状回復ガイドラインにまとめられていますが、どのように区分けされるのか具体的に見ていくことにしましょう。
●フローリングのワックスがけ
グレードアップに該当するため、貸主負担となります。
ワックスがけは通常生活には必要なものであるとは言い切れないことから、維持管理や入居者確保と判断されます。
●家具の設置による凹み
通常損耗に該当し、貸主負担になります。
家具は生活に必須なものであり、それらを設置した際に発生する凹みや跡は通常損耗と考えられるでしょう。
●飲み物をこぼしたことによるシミやカビ
善管注意義務違反に該当するため、修繕費は借主が負担します。
飲み物をこぼすこと自体は通常でも考えられるのものですが、それを放置したことによって生じたシミやカビは維持管理を怠ったとみなされることから、借主が費用を負担しなくてはなりません。
●引っ越し作業時に発生したひっかき傷
こちらも善管注意義務違反となり、借主負担になります。
注意していれば防げたであろう損耗であることから、善管注意義務違反もしくは過失にあたると判断されます。
もちろんこれら以外にも、ガイドラインには様々な例が細かく記載されていますので、判断が難しい場合は参考にすると良いでしょう。
3.トラブルを避けるためにできること
トラブルを防ぐために定められた原状回復ガイドラインではありますが、その傷や汚れが「借主がつけたもの」であるのか、「元々あったもの」であるのか立証できず、揉めてしまうことも少なくありません。
そのためガイドラインではさらに、次のように示しています。
■貸主と借主双方での比較確認
「退去時の部屋の状況」だけではなく、「入居時の部屋の状況」を貸主と借主の双方が比較確認することが必要であるとしています。原状回復の“原状”は、“入居時のもの”が基準です。立ち合いで確認を行い、その情報を書面に残しておくことでトラブル回避することができるでしょう。
とはいえ、貸主が立ち会って詳細を確認するということは難しいため、その場合は借主が部屋の状況を確認し、書類などで報告してもらうことをおすすめします。そうすることで、書かれている傷や汚れなどはその借主のものではないという証拠になるからです。
また貸主側としても、「自分たちがつけた傷ではないと主張」された場合や「余分な請求をしてしまう」ことを避けるため、状況確認を丁寧にしておくことは必須となります。書類だけではなく、日付入りの写真など撮って保管しておくと良いでしょう。
■年数が多い貸主の負担軽減
建物と同じく設備や内装も経年によって劣化し、価値も減少していきます。長く住み続けた入居者の場合は、その価値減少を考慮して退去時の負担金を軽減することが多いようです。
ガイドラインにも「経過年数を考慮して、年数が多いほど貸主の負担割合を少なくする」と示されていますので、中古の賃貸物件の場合は、各設備や内装の交換年月についても記載しておかなければなりません。
例えば壁紙やエアコンなどの耐用年数は6年間であるため、6年間以上住み続けた場合は経年劣化とみなされ費用は貸主が負担することになります。
しかし、タバコによるヤニ汚れや焦げ跡があった場合は“借主の故意・過失”とされるため、たとえ6年以上超えていたとしても貸主側の負担とするのが妥当とされているようです。
4. まとめ
今回は原状回復の基礎知識からトラブルとガイドラインまでを解説しました。
不動産投資において第三者に貸し出すことが基本である以上、退去時のリフォームや修繕による出費は避けることができません。借主に故意や過失が認められなければ、原状回復の費用のほとんどを貸主であるオーナーが負担することになりますから、それを踏まえて予算を見込んでおく必要があると言えるでしょう。
借主に必要以上の請求をしてしまうのも問題ですが、借主に請求すべき費用まで負担した結果、赤字経営になってしまっては本末転倒です。しっかりとした知識を身につけた上で、事前からしっかりとした対策を取っておくことが重要と言えるのです。
小雪